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Wikipediaの記事を引用/参考します。(CC BY-SA 3.0)

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Wikipediaの記事を引用/参考します。(CC BY-SA 3.0) --------- 高槻市駅 高槻市駅 北口 北口 たかつきし Takatsuki-shi ◄HK-71 富田 (3.3km)(4.3km) 上牧 HK-73► 大阪府高槻市城北町二丁目1番18号[1] 北緯34度50分59.56秒 東経135度37分23.2秒 駅番号 ○HK-72 所属事業者 阪急電鉄 所属路線 ■京都本線 キロ程 20.6km(十三起点) 梅田から23.0km 駅構造 高架駅 ホーム 2面4線 乗降人員 -統計年度- (特定日)64,824人/日 (1日平均)69,801人/日 -2015年- 開業年月日 1928年(昭和3年)1月16日 備考 * 1943年(昭和18年)に高槻町駅から改称 テンプレートを表示 ホーム 引上線 高槻市駅(たかつきしえき)は、大阪府高槻市城北町二丁目にある、阪急電鉄京都本線の駅。駅番号はHK-72。 東隣の上牧駅との駅間距離は4.3kmで、阪急線内では最も長い[2][3]。 目次 [非表示] 1 歴史 2 駅構造 2.1 のりば 2.2 駅ビル 3 停車する列車 4 利用状況 5 駅周辺 5.1 バス路線 5.1.1 高槻市営バス 5.1.2 京阪バス 6 隣の駅 7 脚注 8 関連項目 9 外部リンク 歴史[編集] 大阪と京都の中間に位置する高槻市は戦後より市街地の開発が進行し人口が急増、このためラッシュ時の混雑を緩和する必要があり駅の高架化が企図されてきた[1]。1980年(昭和55年)には朝夕のみ稼働する定期券専用改札口を設置するなど臨時の対策を講じていたが、翌年より連続立体交差事業が進められ、1994年(平成6年)に高架化工事が完了した[1]。 1928年(昭和3年) 1月16日 - 新京阪鉄道の淡路駅 - 高槻町駅間延伸と同時に高槻町駅(たかつきまちえき)として開業[2][4]。 11月1日 - 新京阪鉄道が京都西院駅(現在の西院駅)まで延伸[2]。途中駅となる。 1930年(昭和5年)9月15日 - 会社合併により京阪電気鉄道新京阪線の駅となる[2]。 1943年(昭和18年) 1月1日 - 高槻町の市制施行に伴い高槻市駅に改称[1][2]。 10月1日 - 会社合併により京阪神急行電鉄(現在の阪急電鉄)の駅となる[2]。 1949年(昭和24年)12月1日 - 新京阪線が京都本線に改称され、当駅もその所属となる[2]。 1969年(昭和44年)12月6日 - 大阪市営地下鉄堺筋線開業に伴い、当駅までの相互直通運転開始。(河原町駅まで直通する堺筋急行は1979年(昭和54年)3月5日から運行開始) 1981年(昭和56年)3月 - 「阪急京都線高槻市駅周辺連続立体交差事業」に基づき高架化工事着工。高架化工事中、構内引き上げ線が使用不能になるため、京都側(丸大食品工場裏付近)に高槻東信号所(引き上げ・折り返し用)が設けられた。 1989年(平成元年)4月 - 下り線高架化。 1993年(平成5年)10月 - 上り線高架化。(2号線は同年2月21日ダイヤ改正より使用開始) 1994年(平成6年)3月31日 - 「阪急京都線高槻市駅周辺連続立体交差事業」が竣工[5]。 1997年(平成9年)3月2日 - 全営業列車停車駅になる。 2011年(平成23年)5月14日 - 土曜日・休日に当駅を通過する快速特急の運転を開始し、全列車停車は平日ダイヤ時のみとなる。 駅構造[編集] 待避可能な島式2面4線のホームを有する高架駅。 ホームは3階にあり、改札・コンコースは2階の1か所のみ。各階を結ぶエレベーターや上り下りのエスカレーターが整備されているので、上下移動は比較的容易である。 自動改札機は東芝製で、PiTaPaなどのIC乗車券専用のものが2台置かれている(その他の全筐体もIC対応型)。主要な駅にあるごあんないカウンター(かつての「サービスセンター」)や定期券売り場も設置されている。 河原町寄りに引き上げ線があり、当駅で折り返す普通が主に使用する。 のりば[編集] 号線 路線 方向 行先 1・2 ■京都本線 上り 京都(河原町)・桂・嵐山方面 3・4 ■京都本線 下り 大阪(梅田)・天下茶屋・北千里・神戸・宝塚方面 ※内側2線(2号線と3号線)が主本線、外側2線(1号線と4号線)が待避線である。 駅ビル[編集] 駅ビルは『ミング阪急高槻』と名付けられ、阪急電鉄が運営している。スーパー(KOHYO)、飲食店、雑貨店、ファッション店、エステ(TBC)、スポーツクラブ(KONAMI)、理容室(QBハウス)、銀行(りそな銀行)などが入居する。 また高槻市の行政サービスコーナーもあり、各種証明書の発行が可能である。 停車する列車[編集] 土・休日のみ運転される「快速特急」を除き、全定期列車が停車する。運行ダイヤの境界に設定されており、梅田方面からの半数程度の列車が当駅で折り返しを行う[6]。 「普通」は日中の全ての梅田発着便、および地下鉄堺筋線との相互直通運転による天下茶屋発着便のほぼ全て(例外は平日夕方の河原町行き1本と土・休日の河原町行き3本のみ)が折り返す。 多くの普通が当駅で折り返すのをカバーするため、「準急」は当駅から河原町寄りの各駅に停車する。また、天下茶屋発着便で河原町方面へ直通するのは、全て「堺筋準急」である。 2008年(平成20年)秋から運行されている、行楽期の嵐山方面への臨時直通列車は当駅には停車しない。営業列車で当駅を通過する列車の設定は1997年(平成9年)以来である。 日中の上り(京都方面行き)の特急は当駅止まりの普通に加え、準急とも緩急接続する。一方、下り(大阪方面行き)の特急は当駅始発の下り普通と「片接続」をするだけで、準急との緩急接続は茨木市駅にて行われる。 利用状況[編集] 2015年(平成27年)度ある特定日におけるの1日の乗降人員は62,858人で、阪急電鉄全線では第8位である[7]。 また、1日平均の乗降人員は69,801人である[8]。 各年度の乗車・乗降人員の推移は下表の通り。 年度 特定日 1日平均 乗車人員[9] 出典 乗降人員 乗車人員 1995年(平成7年) 69,427 34,290 - [10] 1996年(平成8年) 75,087 37,154 [11] 1997年(平成9年) 75,637 37,223 [12] 1998年(平成10年) 76,571 37,338 [13] 1999年(平成11年) - 2000年(平成12年) 70,617 35,273 [14] 2001年(平成13年) 68,896 34,260 [15] 2002年(平成14年) 67,411 33,542 [16] 2003年(平成15年) 63,939 31,681 [17] 2004年(平成16年) 64,094 31,607 [18] 2005年(平成17年) 66,660 33,106 [19] 2006年(平成18年) 63,781 31,743 [20] 2007年(平成19年) 65,301 32,481 35,194 [21] 2008年(平成20年) 63,429 31,440 35,800 [22] 2009年(平成21年) 60,218 29,619 33,441 [23] 2010年(平成22年) 61,253 30,094 31,995 [24] 2011年(平成23年) 62,859 30,887 33,194 [25] 2012年(平成24年) 62,115 30,511 33,962 [26] 2013年(平成25年) 63,167 30,937 34,258 [27] 2014年(平成26年) 62,858 30,720 34,852 [28] 2015年(平成27年) 64,468 31,474 34,667 [29] 駅周辺[編集] JR高槻駅周辺が再開発により大型商業施設が集積しているのに比べ、当駅周辺には高架化の前後を通じて目立った再開発事業はなく、大型商業施設が存在せず小規模な商店・飲食店が建ち並ぶ「私鉄駅」の佇まいを残す。 1階コンコース(東西自由通路)と、梅田寄りの高架下広場、北口駅前の噴水広場は、毎年ゴールデンウィークに開催される「高槻ジャズストリート」の演奏会場となっている。 西日本旅客鉄道(JR西日本)東海道本線(JR京都線)高槻駅 距離にして約700メートルほど離れている(徒歩9分程度)。乗り換え検索サイト・ソフトの一部には、両駅間を徒歩連絡で案内するものもある。 大阪医科大学・大阪医科大学附属病院 大阪薬科大学附属薬局 関西大学高槻ミューズキャンパス 関西大学初等部・中等部・高等部 高槻中学校・高等学校 高槻市役所 高槻市立中央図書館 高槻市消防本部・中消防署 高槻警察署 高槻市保健所 高槻城跡公園 高槻駅前郵便局 ゆうちょ銀行高槻店 高槻郵便局 高槻城北郵便局 高槻市立しろあと歴史館 オーロラモール(西武高槻店) グリーンプラザたかつき(松坂屋高槻店) 高槻アレックスシネマ 大阪外環状線 国道170号(起点の「八丁畷交差点」が近隣にある) 国道171号 大阪府道79号伏見柳谷高槻線 バス路線[編集] 北口に高槻市営バス(市営バス発車予定時刻表も参照)、南口に京阪バスが乗り入れている。停留所名は前者が「阪急高槻駅」、後者が「阪急高槻」。 北口は駅前のみずき通り沿いにのりばが6つあるが、南口は周辺の道路が狭隘なため1つしかない。なお、阪急電鉄系の阪急バスは乗り入れていない。 高槻市営バス[編集] 1番のりば - 1 JR高槻駅南行 2番のりば - 4 阪急富田駅、17A 栄町、22・23 柱本団地方面 3番のりば - 18 富田団地方面 4番のりば - 15 北大塚、15A 北大塚(野田・六中前経由)、16 下田部団地、17B 車庫前(玉川橋団地経由)、19 玉川橋団地(竹の内小学校前経由) 5番のりば - 14 六中前、13 前島、12 道鵜町、7・7A 上牧方面/1 JR高槻駅南行 6番のりば - 32 上成合、33 川久保、34 梶原東、56 別所本町公園北、57A (美しが丘経由)寺谷町方面 京阪バス[編集] いずれの経路も高槻営業所が担当する。 1A・2号経路[30] - 枚方市駅行(松原・辻子・大塚・枚方公園口経由) 1B・2B号経路 - 竹ノ内町行(松原・辻子・大塚経由) 1A・5A号経路[30] - JR高槻行(市役所前経由) 早朝バス - JR高槻行(市役所前経由)(平日朝のみ、長尾口始発) 5・5A号経路 - 番田一丁目行(松原・辻子・大塚・竹ノ内町経由) 隣の駅[編集] 阪急電鉄 ■京都本線 ■快速特急・■直通特急 通過 ■特急・■通勤特急・■快速急行・■快速 茨木市駅 (HK-69) - 高槻市駅 (HK-72) - 長岡天神駅 (HK-77) ■準急(当駅から上牧側の各駅に停車) 茨木市駅 (HK-69) - 高槻市駅 (HK-72) - 上牧駅 (HK-73) ■普通 富田駅 (HK-71) - 高槻市駅 (HK-72) - 上牧駅 (HK-73) 脚注[編集] [ヘルプ] ^ a b c d 『阪急ステーション』 阪急電鉄株式会社コミュニケーション事業部〈阪急ワールド全集 4〉、2001年、98-99頁。ISBN 4-89485-051-6。 ^ a b c d e f g 生田誠 『阪急京都線・千里線 街と駅の1世紀』 彩流社〈懐かしい沿線写真で訪ねる〉、2013年、4-6・24-25頁。ISBN 978-4-7791-1726-8。 ^ 開業当時は大山崎駅まで7.1kmにわたって駅がなかった。 ^ 今尾恵介(監修) 『日本鉄道旅行地図帳』9 関西2、新潮社、2009年、50頁。ISBN 978-4-10-790027-2。 ^ 『阪急コレクション』 阪急電鉄株式会社コミュニケーション事業部〈阪急ワールド全集 1〉、2000年、135頁。ISBN 4-89485-038-9。 ^ 競合するJR高槻駅でも、同様に大阪方面へ折り返す列車の設定がある。 ^ JRの新快速(京阪神快速)が高槻駅に停車する以前は阪急電鉄全体で第5位だった。 ^ 平成28年版 高槻市統計書 9運輸及び通信 (PDF) ^ 高槻市統計書より ^ 大阪府統計年鑑(平成8年) (PDF) ^ 大阪府統計年鑑(平成9年) (PDF) ^ 大阪府統計年鑑(平成10年) (PDF) ^ 大阪府統計年鑑(平成11年) (PDF) ^ 大阪府統計年鑑(平成13年) (PDF) ^ 大阪府統計年鑑(平成14年) (PDF) ^ 大阪府統計年鑑(平成15年) (PDF) ^ 大阪府統計年鑑(平成16年) (PDF) ^ 大阪府統計年鑑(平成17年) (PDF) ^ 大阪府統計年鑑(平成18年) (PDF) ^ 大阪府統計年鑑(平成19年) (PDF) ^ 大阪府統計年鑑(平成20年) (PDF) ^ 大阪府統計年鑑(平成21年) (PDF) ^ 大阪府統計年鑑(平成22年) (PDF) ^ 大阪府統計年鑑(平成23年) (PDF) ^ 大阪府統計年鑑(平成24年) (PDF) ^ 大阪府統計年鑑(平成25年) (PDF) ^ 大阪府統計年鑑(平成26年) (PDF) ^ 大阪府統計年鑑(平成27年) (PDF) ^ 大阪府統計年鑑(平成28年) (PDF) ^ a b 1A号は早朝と夜間のみ設定。派生元の1号は当駅に寄らず、JR高槻に直行する。 関連項目[編集] 日本の鉄道駅一覧 外部リンク[編集] 高槻市駅(阪急電鉄) ミング阪急高槻 [隠す] 表 話 編 歴 阪急電鉄 京都本線 (梅田 - )十三 - 南方 - 崇禅寺 - (天神橋筋六丁目・天下茶屋方面<<) 淡路 (>>北千里方面) - 上新庄 - 相川 - (東吹田信号所) - 正雀 - 摂津市 - 南茨木 - 茨木市 - 総持寺 - 富田 - 高槻市 - 上牧 - 水無瀬 - 大山崎 - 西山天王山 - 長岡天神 - 西向日 - 東向日 - 洛西口(物集女) - 桂 - 西京極 - 西院 - 大宮 - 烏丸 - 河原町 北野線(廃止、現・梅田乗り入れ線の一部):梅田 - 茶屋町 - 北野 カテゴリ: 大阪府の鉄道駅日本の鉄道駅 た阪急電鉄の鉄道駅新京阪鉄道高槻市の交通1928年開業の鉄道駅 案内メニュー ログインしていませんトーク投稿記録アカウント作成ログインページノート閲覧編集履歴表示検索 Wikipedia内を検索 表示 メインページ コミュニティ・ポータル 最近の出来事 新しいページ 最近の更新 おまかせ表示 練習用ページ アップロード (ウィキメディア・コモンズ) ヘルプ ヘルプ 井戸端 お知らせ バグの報告 寄付 ウィキペディアに関するお問い合わせ 印刷/書き出し ブックの新規作成 PDF 形式でダウンロード 印刷用バージョン 他のプロジェクト コモンズ ツール リンク元 関連ページの更新状況 ファイルをアップロード 特別ページ この版への固定リンク ページ情報 ウィキデータ項目 このページを引用 他言語版 English Esperanto Italiano リンクを編集 最終更新 2017年4月17日 (月) 13:40 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。 テキストはクリエイティブ・コモンズ 表示-継承ライセンスの下で利用可能です。追加の条件が適用される場合があります。詳細は利用規約を参照してください。 プライバシー・ポリシーウィキペディアについて免責事項開発者Cookieに関する声明モバイルビューWikimedia Foundation Powered by MediaWiki --------- 久寿 久寿(きゅうじゅ)は、日本の元号の一つ。仁平の後、保元の前。1154年から1155年までの期間を指す。この時代の天皇は近衛天皇、後白河天皇。 改元[編集] 仁平4年10月28日(ユリウス暦1154年12月4日) 厄運により改元 久寿3年4月27日(ユリウス暦1156年5月18日) 保元に改元 出典[編集] 『抱朴子』の「其業在於全身久寿」から。 なお、前の元号である「仁平」が定められた時も最終候補に定められたが、最後に候補から外されている。だが、その次の年号を決める際に最終案であった「天保」について、当時の左大臣藤原頼長が「天保」を≪一大人只十≫(付き従う臣民がたった10人)と読めるので縁起が悪いと猛反対したために急遽取りやめられた。それに代わって「久寿」が新元号として定められたと言う。 久寿期におきた出来事[編集] 久寿元年(1154年)8月10日、越中国新川郡新治村が海嘯のため陥没する。 西暦との対照表[編集] ※は小の月を示す。 久寿元年(甲戌) 一月 二月 三月※ 四月 五月 六月※ 七月 八月※ 九月※ 十月 十一月※ 十二月 ユリウス暦 1154/2/14 3/16 4/15 5/14 6/13 7/13 8/11 9/10 10/9 11/7 12/7 1155/1/5 久寿二年(乙亥) 一月※ 二月 三月※ 四月 五月 六月※ 七月 八月※ 九月 十月 十一月※ 十二月※ ユリウス暦 1155/2/4 3/5 4/4 5/3 6/2 7/2 7/31 8/30 9/28 10/28 11/27 12/26 久寿三年(丙子) 一月 二月※ 三月 四月※ 五月 六月※ 七月 八月 九月※ 閏九月 十月※ 十一月 十二月※ ユリウス暦 1156/1/24 2/23 3/23 4/22 5/21 6/20 7/19 8/18 9/17 10/16 11/15 12/14 1157/1/13 関連項目[編集] [隠す] 表 話 編 歴 日本の元号 飛鳥時代 大化645-650 白雉650-654 白鳳? 朱雀? 朱鳥686 大宝701-704 慶雲704-708 和銅708-715 奈良時代 霊亀715-717 養老717-724 神亀724-729 天平729-749 天平感宝749 天平勝宝749-757 天平宝字757-765 天平神護765-767 神護景雲767-770 宝亀770-781 天応781-782 延暦782-806 平安時代 大同806-810 弘仁810-824 天長824-834 承和834-848 嘉祥848-851 仁寿851-854 斉衡854-857 天安857-859 貞観859-877 元慶877-885 仁和885-889 寛平889-898 昌泰898-901 延喜901-923 延長923-931 承平931-938 天慶938-947 天暦947-957 天徳957-961 応和961-964 康保964-968 安和968-970 天禄970-974 天延974-976 貞元976-978 天元978-983 永観983-985 寛和985-987 永延987-989 永祚989-990 正暦990-995 長徳995-999 長保999-1004 寛弘1004-1013 長和1013-1017 寛仁1017-1021 治安1021-1024 万寿1024-1028 長元1028-1037 長暦1037-1040 長久1040-1044 寛徳1044-1046 永承1046-1053 天喜1053-1058 康平1058-1065 治暦1065-1069 延久1069-1074 承保1074-1077 承暦1077-1081 永保1081-1084 応徳1084-1087 寛治1087-1095 嘉保1095-1097 永長1097-1097 承徳1097-1099 康和1099-1104 長治1104-1106 嘉承1106-1108 天仁1108-1110 天永1110-1113 永久1113-1118 元永1118-1120 保安1120-1124 天治1124-1126 大治1126-1131 天承1131-1132 長承1132-1135 保延1135-1141 永治1141-1142 康治1142-1144 天養1144-1145 久安1145-1151 仁平1151-1154 久寿1154-1156 保元1156-1159 平治1159-1160 永暦1160-1161 応保1161-1163 長寛1163-1165 永万1165-1166 仁安1166-1169 嘉応1169-1171 承安1171-1175 安元1175-1177 治承1177-1181 養和1181-1182 寿永1182-1184 元暦1184-1185 鎌倉時代 文治1185-1190 建久1190-1199 正治1199-1201 建仁1201-1204 元久1204-1206 建永1206-1207 承元1207-1211 建暦1211-1214 建保1214-1219 承久1219-1222 貞応1222-1224 元仁1224-1225 嘉禄1225-1228 安貞1228-1229 寛喜1229-1232 貞永1232-1233 天福1233-1234 文暦1234-1235 嘉禎1235-1238 暦仁1238-1239 延応1239-1240 仁治1240-1243 寛元1243-1247 宝治1247-1249 建長1249-1256 康元1256-1257 正嘉1257-1259 正元1259-1260 文応1260-1261 弘長1261-1264 文永1264-1275 建治1275-1278 弘安1278-1288 正応1288-1293 永仁1293-1299 正安1299-1302 乾元1302-1303 嘉元1303-1307 徳治1307-1308 延慶1308-1311 応長1311-1312 正和1312-1317 文保1317-1319 元応1319-1321 元亨1321-1324 正中1324-1326 嘉暦1326-1329 元徳1329-1331(大覚寺統)、1329-1332(持明院統) 大覚寺統 元弘1331-1334 持明院統 正慶1332-1333 南北朝時代 室町時代 建武1334-1336(南朝)、1334-1338(北朝) 南朝 延元1336-1340 興国1340-1347 正平1347-1370 建徳1370-1372 文中1372-1375 天授1375-1381 弘和1381-1384 元中1384-1392 北朝 暦応1338-1342 康永1342-1345 貞和1345-1350 観応1350-1352 文和1352-1356 延文1356-1361 康安1361-1362 貞治1362-1368 応安1368-1375 永和1375-1379 康暦1379-1381 永徳1381-1384 至徳1384-1387 嘉慶1387-1389 康応1389-1390 明徳1390-1394 応永1394-1428 正長1428-1429 永享1429-1441 嘉吉1441-1444 文安1444-1449 宝徳1449-1452 享徳1452-1455 康正1455-1457 長禄1457-1461 寛正1461-1466 文正1466-1467 戦国時代 応仁1467-1469 文明1469-1487 長享1487-1489 延徳1489-1492 明応1492-1501 文亀1501-1504 永正1504-1521 大永1521-1528 享禄1528-1532 天文1532-1555 弘治1555-1558 永禄1558-1570 元亀1570-1573 安土桃山時代 天正1573-1593 文禄1593-1596 慶長1596-1615 江戸時代 元和1615-1624 寛永1624-1645 正保1645-1648 慶安1648-1652 承応1652-1655 明暦1655-1658 万治1658-1661 寛文1661-1673 延宝1673-1681 天和1681-1684 貞享1684-1688 元禄1688-1704 宝永1704-1711 正徳1711-1716 享保1716-1736 元文1736-1741 寛保1741-1744 延享1744-1748 寛延1748-1751 宝暦1751-1764 明和1764-1772 安永1772-1781 天明1781-1789 寛政1789-1801 享和1801-1804 文化1804-1818 文政1818-1831 天保1831-1845 弘化1845-1848 嘉永1848-1855 安政1855-1860 万延1860-1861 文久1861-1864 元治1864-1865 慶応1865-1868 明治時代以降 明治1868-1912 大正1912-1926 昭和1926-1989 平成1989-現在 ※注1:元号の後の年代は、元号の初年と終年に対応する西暦。「天正」の初年まではユリウス暦、同じく終年以後はグレゴリオ暦による。 ※注2:「白鳳」と「朱雀」は正史『日本書紀』には見えない私年号だが、地方の文献等に散見する。 カテゴリ: 日本の元号平安時代 案内メニュー ログインしていませんトーク投稿記録アカウント作成ログインページノート閲覧編集履歴表示検索 Wikipedia内を検索 表示 メインページ コミュニティ・ポータル 最近の出来事 新しいページ 最近の更新 おまかせ表示 練習用ページ アップロード (ウィキメディア・コモンズ) ヘルプ ヘルプ 井戸端 お知らせ バグの報告 寄付 ウィキペディアに関するお問い合わせ 印刷/書き出し ブックの新規作成 PDF 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