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囲碁は、陣地を囲むゲームです。
RPGゲームやアクションゲームとは異なる思考で次の一手を考える、面白いゲームです。
将棋、チェスと並ぶ、究極の思考ゲームとも言われます。
ブラウザーのみで動作するケースを特に囲碁ブラウザゲームと称することもあります。
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将棋に「ハサミ将棋」や「山崩し」があるように、囲碁にも「ポン抜きゲーム」/「石取りゲーム」があります。基本となる「アタリ」の習得に有用です。
ドンジャラも麻雀の基礎ルールの説明には有用ですね。


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当サイトも、及ばずながら、がんばります。




Wikipediaの記事を引用/参考します。(CC BY-SA 3.0)

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Wikipediaの記事を引用/参考します。(CC BY-SA 3.0) --------- ヨセ ヨセは囲碁用語の一つで、通常対局終盤に打たれる地の境界に関する着手のこと。かつては「侵分」とも呼んだが、現在では一般的ではない。布石、中盤を通じて明らかになってきた双方の地を確定していく段階である。 下図は、九路盤対局におけるヨセの例。 ヨセでは、一般に大きなところからお互いにヨセてゆき、次第に小さな場所に移って、最後は半コウを争って終局となるのが一般的な流れである。このため、どのヨセが何目の価値があるか、判定しながらうち進めることが大切である。ヨセ合いで互いに反発したりして、思わぬところから戦いが発生して、中盤に戻ることもある。また、特に石の根拠にかかわるような場合では、序盤から大きなヨセの手が打たれることもある。 ヨセの名手として安井知得、石田芳夫、李昌鎬、朴永訓などが知られている。 ヨセの大きさ[編集] 上図では、黒が1と出るとaの点はどちらの地でもないダメとなる。逆に白が1の点にオサエれば、aの点が白地1目となる。つまり、黒1の手は白地1目を消す「1目の手」ということになる。 上図では、黒が1に打つと△の白石が取れるため、地1目+アゲハマ1子で2目となる。逆に白が1の点に打てば、▲の黒石が取れ、これは同様に4目の価値を持つ。すなわち、1の点に先着した方は2+4で6目の得をする、つまり1は出入り6目の手ということになる。詳細は、出入り計算の項目を参照。 ヨセに関する用語[編集] 大ヨセ 一般に、10目以上の価値のある大きなヨセの手を指す。例えば星の定石からできる形の下図黒1などは、ヨセに入ったら真っ先に打たれるほどの大きな手である。このあと、黒bから符号順にさらにヨセる手がある。逆に白から1の点にオサエられると、gの点に打たれて一子が取られる手が残る。これらを勘案し、だいたい15目程度の価値があると見られる。 小ヨセ 一般に10目以下のヨセを指す。第一線のハネツギなどがこれに相当する。 先手ヨセ・後手ヨセ 一方のヨセに対して相手が手を抜くと、大きく地を荒らされたり石を取られたりする手が残るため、手を抜けないような手段を指す。さらに次のヨセに手を回すことができるため、価値が高い。一方、ヨセた後に特に大きな手が残らないため、相手が他の着点に回れるようなヨセを「後手ヨセ」と称する。 上図の場合、黒1から3のハネツギに対して白が手を抜くと、黒から4の点に切られて大きく地を荒らされるため、白4の受けが省けない。これは「黒の先手ヨセ」と呼ばれる。一方黒5から7のハネツギは、後に黒からの手段もないため白は他のヨセに先行できる。これは「黒の後手ヨセ」と呼ばれる。 ただし、「先手ヨセ」は絶対のものではなく、例えば上図白4の手で他にもっと大きな着点があれば、白は手を抜いてそちらへ向かうことになる。つまり先手後手というのは、その局面全体を見て判断せねばならない。 両先手 どちらから打っても先手になるようなヨセのこと。例えば下図では、どちらからもコスミからハネツギが先手で利く。両先手の場所は、ヨセに入ったら真っ先に打つべき場所となる。 片先手 一方だけが先手となり、もう一方からは後手となるような場所のこと。一般に、先手の側が打つことになる。下図、黒1に対して受けなければ2の点に打たれて全滅なので、ここは黒が先手となる。一方、白から1の点に打つのは1目のヨセだが後手。「黒1は黒の権利」などと表現される。 両後手 どちらからも後手となるヨセ。 逆ヨセ 片先手である場所を、後手の側から打つこと。先手ヨセを防ぐため、両後手の場所の2倍の価値があると計算される。たとえば下図の形は左図のように白1から8までが白の権利だが、黒は右図の1に打てばこの先手ヨセを封じることができ、大きな逆ヨセとなる。 参考図書[編集] 『新・早わかり ヨセ小事典―碁敵に勝つヨセの順序と手筋』日本棋院 加納嘉徳『新編 ヨセ辞典』誠文堂新光社 『林海峯のヨセに強くなる本』誠文堂新光社 石田芳夫『目で解くヨセのテクニック』誠文堂新光社 --------- ヨーロッパ囲碁連盟 ヨーロッパ囲碁連盟(ヨーロッパいごれんめい、European Go Federation、EGF)は、ヨーロッパで囲碁の普及、促進、調整を目的とした非営利団体。ヨーロッパ碁コングレス(EGC)がドイツのクックスハーフェンで開始された1957年に設立された。以降のコングレスはヨーロッパ各国持ち回りで行われ、ヨーロッパ選手権、および連盟の年次総会が同時に行われる。参加資格はヨーロッパとその周辺各国の囲碁組織であることで、37の加盟組織がある。国際囲碁連盟の加盟組織。2014年にはヨーロッパ・プロ棋士制度を制定した。 目次 [非表示] 1 活動 2 参加組織 3 プロ棋士 4 外部リンク 活動[編集] 年次総会においては、通常の活動のためのいくつかの委員会を統括する実行委員会を選出する。 ヨーロッパでの主要なトーナメントは、実行委員会の監督ではないが、連盟が直接調整を行う。そのいくつかのトーナメントは「ヨーロピアン・カップ」の一部となっている。ヨーロッパ・レーティングは、多くのヨーロッパ・トーナメントの結果によって決定される。 参加組織[編集] Country Member name アルメニアの旗 アルメニア Armenian Draughts and Go Federation オーストリアの旗 オーストリア Austrian Go Federation (Go Verband Österreich) アゼルバイジャンの旗 アゼルバイジャン Azerbaijan GalaGAPI Federation (Azerbaycan Qalaqapi Federasiyasi) ベラルーシの旗 ベラルーシ Belarus Go Federation ベルギーの旗 ベルギー Belgian Go Federation (Belgische Go Federatie - Fédération Belge de Go) ボスニア・ヘルツェゴビナの旗 ボスニア Go Association of Bosnia and Herzegovina (Go Asocijacija Bosne i Hecegovine) ブルガリアの旗 ブルガリア Bulgarian Go Association (Bulgarska Go Asotsiatsija) クロアチアの旗 クロアチア Croatian Igo Alliance (Hrvatska Igo Udruga) キプロスの旗 キプロス Cyprus Go Association (Kypriakos Syndesmos Go) チェコの旗 チェコ Czech Go Association (Ceska Asociace Go) デンマークの旗 デンマーク Danish Go Association (Dansk Go Forbund) フィンランドの旗 フィンランド Finnish Go Association (Suomen Go-liitto ry) フランスの旗 フランス French Go Federation (Fédération Française de Go) ドイツの旗 ドイツ German Go Federation (Deutscher Go-Bund) ハンガリーの旗 ハンガリー Hungarian Go Association (Magyar Goszovetseg) アイルランドの旗 アイルランド Irish Go Association (Irish Go Association) イスラエルの旗 イスラエル Israeli Go Association (Agudat Ha-Go Ha-Yisraelit) イタリアの旗 イタリア Italian Go Federation (Federazione Italiana Giuoco Go) カザフスタンの旗 カザフスタン Kazakhstan Go Federation (Kazakhstan Go Federation) ラトビアの旗 ラトビア Latvian Go Federation (Latvijas Go Federacija) リトアニアの旗 リトアニア Lithuanian Go Association (Lietuvos Go Asociacija) ルクセンブルクの旗 ルクセンブルグ Go Club Luxemburg (Le Club de Go du Luxembourg) オランダの旗 オランダ Dutch Go Association (Nederlandse Go Bond) ノルウェーの旗 ノルウェイ Norwegian Go Association (Go i Norge) ポーランドの旗 ポーランド Polish Go Association (Polskie Stowarzyszenie Go) ポルトガルの旗 ポルトガル Portuguese Go Association (Associaçăo Portuguesa de Go) ルーマニアの旗 ルーマニア Romanian Go Federation (Federatia Romana de Go) ロシアの旗 ロシア Russian Go Federation (Rossiiskaya Federatziaya Go) セルビアの旗 セルビア Serbian Go Federation (Go Savez Srbije) スロバキアの旗 スロヴァキア Slovak Go Association (Slovenská Asociácia Go) スロベニアの旗 スロベニア Slovenian Go Association (Go Zveza Slovenije) スペインの旗 スペイン Spanish Go Association (Asociacion Espanola de Go) スウェーデンの旗 スウェーデン Swedish Go Association (Svenska Goförbundet) スイスの旗 スイス Swiss Go Association (Federation Suisse de Go / Schweizerische Go Verband / Federazione Svizzera di Go) トルコの旗 トルコ Turkish Go Players' Association (Türkiye Go Oyunculari Dernegi) ウクライナの旗 ウクライナ Ukrainian Go Federation (Ukrainska' Federatsiya Go) イギリスの旗 イギリス British Go Association (British Go Association) (アルファベット順) プロ棋士[編集] 2014年: Pavol Lisy(スロバキア)、Ali Jabarin(イスラエル) 2015年: Mateusz Surma(ポーランド)、Ilya Shikshin(ロシア) 外部リンク[編集] 「The European Go Federation」 European Go Database「EGF ratings system」 --------- 四都県対抗小中学生囲碁大会 四都県対抗小中学生囲碁大会(よんとけんたいこうしょうちゅうがくせいいごたいかい)は、東京都・神奈川県・千葉県・埼玉県の4都県から代表約50名を出す、囲碁の大会。日本棋院が主催し、新日本製鐵が協賛する。 特徴[編集] 各県から50名以上もの代表を出すこれまでにない大会で、棋力が各県のトップレベルほどまでは高くない者も出場することができるのが特徴である。四都県間のリーグ戦で、二都県間で代表が全員対戦し勝ち越した都県が1勝、計3戦の成績で順位を決定する。 過去の結果[編集] 2007年 優勝:東京(3勝0敗)、第2位:千葉(2勝1敗)、第3位:埼玉(1勝2敗)、第4位:神奈川(0勝3敗) 2008年 優勝:東京(3勝0敗)、第2位:埼玉(2勝1敗)、第3位:千葉(1勝2敗)、第4位:神奈川(0勝3敗) 外部リンク[編集] 日本棋院 カテゴリ: 日本の囲碁の棋戦 --------- 四目並べ 四目並べ(よんもくならべ)は、卓上で遊ぶゲームである。交互にコマを下から積み重ねて、先に縦・横・斜めいずれかに直線状に4つ並べた方が勝ちになる。 目次 [非表示] 1 ルール 1.1 重力付き四目並べ 1.2 立体四目並べ 2 類似のゲーム 3 外部リンク ルール[編集] 重力付き四目並べ[編集] 一般に四目並べといえばこちらを指すが、五目並べと同じ2次元上で行う。交互にコマを下から積み重ね、空中に置くことはできない。長連は有効勝ちである。 この四目並べでは、アメリカ合衆国のゲーム製造会社Milton Bradleyが1974年に発表した「コネクト・フォー」(Connect Four)が有名である。これは、盤面上に6列7行に棒を立てたもので、コマの形状は玉ではなく円盤状になっている。コネクト・フォーはそれ以前にあった「キャプテンズ・ミストレス」(The Captain's Mistress)という同種のゲームを改良したものである。 立体四目並べ[編集] 4×4×4の立体場の枠内で4個の玉を先に一直線に並べることを競う遊びで、同様にコマを直線に並べることを競う連珠や五目並べなどとの相違点は、玉を配置する空間が2次元ではなく3次元である点にある。 四目並べを行なう盤面には、格子状に並べられた棒が垂直に立っている。色の違う2種類の玉の中央に穴を開けたものを用意し、2人のプレイヤーが交互に自分の色の玉をこれらの棒のどこかに入れる。平面方向には任意の場所を選ぶことができるが、垂直方向に対しては重力の関係で先に入っている玉の真上(または盤面のすぐ上)にしか玉を置けないという点がこのゲームのキーポイントになっている。 プレイヤーは交互に玉を入れていき、自分の色の玉を縦横斜めいずれかに4つ並べることを目指す。 類似のゲーム[編集] 三目並べ 五目並べ 連珠  五目並べに黒に禁手を課し、開局規定などでルールを均等にしたゲーム。 囲連星 囲碁と五目並べを組み合わせたゲーム コネクト6 1手目以外両者2個ずつ石を置き、石を6個先に並べたほうが勝ち。 セルゴ(宇宙遊泳) 長谷川五郎が考案した、10×9路盤を使った移動五目並べ。宇宙遊泳はソクラテス盤(2つのゾーンのある10×9盤)を使ったセルゴの変則タイプのゲーム。 外部リンク[編集] Victor Allis's Master's Thesis containing the solution of the game コネクト4解法解説(英語・PDF) --------- 阿波国 曖昧さ回避 この項目では、徳島県にあった令制国について説明しています。千葉県南部にあった令制国については「安房国」をご覧ください。 阿波国 地図 令制国 阿波国.svg ■-阿波国 ■-南海道 別称 阿州(あしゅう) 所属 南海道 相当領域 徳島県 諸元 国力 上国 距離 中国 郡・郷数 9郡45郷 国内主要施設 阿波国府 徳島県徳島市 阿波国分寺 徳島県徳島市(阿波国分寺跡) 阿波国分尼寺 徳島県名西郡石井町(阿波国分尼寺跡) 一宮 八倉比売神社(徳島県徳島市) 上一宮大粟神社(徳島県名西郡神山町) 一宮神社(徳島県徳島市) 大麻比古神社(徳島県鳴門市) テンプレートを表示 阿波国(あわのくに)は、かつて日本の地方行政区分だった令制国の一つ。南海道に属する。 目次 [非表示] 1 「阿波」の名称と由来 2 沿革 2.1 近世以降の沿革 3 国内の施設 3.1 国府 3.2 国分寺・国分尼寺 3.3 神社 4 地域 4.1 郡 4.2 江戸時代の藩 5 人物 5.1 国司 5.1.1 阿波守 5.1.2 阿波介 5.2 守護 5.2.1 鎌倉幕府 5.2.2 室町幕府 5.3 戦国時代 5.3.1 戦国大名 5.3.2 豊臣政権の大名 5.4 武家官位としての阿波守 5.4.1 江戸時代以前 5.4.2 江戸時代 6 阿波国の合戦 7 脚注 8 参考文献 9 関連項目 「阿波」の名称と由来[編集] 古代、現在の徳島県の北の地域は粟の生産地だったために粟国、南の地域は長国と呼ばれていた。『古語拾遺』によれば、神武東征において忌部氏を率いて、木国の材木を採取し畝傍山の麓に橿原宮を造営した天富命が、肥沃な土地を求め当地の開拓をし、穀・麻種を植えたという[1]。のち、律令制において長国造の領域を含め令制国としての粟国が成立した。和銅6年(713年)、元明天皇による好字令で、地名を二字で表記するため「粟」は「阿波」に変更された。 沿革[編集] 徳島城三の丸石垣と城山 中世、鎌倉時代においては鎌倉幕府により佐々木氏、小笠原氏が守護に任ぜられた。室町時代には三管領家の一つである細川氏の支配するところとなるが、戦国時代の到来により小笠原氏の庶流である三好氏がこれに代わることになった。三好氏は京都にも進出し、一時は中央の政治にも関与、征夷大将軍さえも傀儡とするなど、権勢を誇ることとなる。 その後、織田信長が三好義継を滅ぼすと、三好一族である三好長治が阿波を統治することとなる。しかし、長治は阿波全土の国人や領民に対して法華宗を強要し、支持を失ってしまう。これを良い機会と見た土佐国の長宗我部氏の侵攻にあい、1584年、阿波は長宗我部元親の支配下となる。長宗我部元親は進撃を続け、1585年には讃岐、伊予も手中にし、四国統一を成し遂げる。 しかし、その直後(一説には、伊予の河野氏を制圧して四国をほぼ平定してから僅か3 - 5週間後と言われる)に豊臣秀吉が四国攻めを行う。1585年6月、羽柴秀長を総大将とする10万の軍勢が四国へ送られ、そのうち羽柴秀長、羽柴秀次らの兵は阿波から上陸し、さらに宇喜多秀家は讃岐へ、小早川隆景は伊予へと多方面から四国に攻め込んだ。 元親は2万から4万と言われる軍をもって阿波の白地城を本拠地に対抗したが、準備も出来ておらず、また兵力の差も覆せず、羽柴軍上陸の2ヶ月後には降伏せざるを得なかった。元親は土佐一国を安堵されたが、土佐以外の三カ国は没収された。 その後、蜂須賀氏の蜂須賀家政が阿波に封ぜられる。蜂須賀氏は、改易されることなく、江戸時代を通じて阿波国徳島藩および富田藩(徳島藩支藩)の藩主として阿波を治めた。 明治に至り、廃藩置県が実施されると阿波は名東県となる。名東県は淡路国(淡路島)も範囲としており、さらに1873年(明治6年)2月20日には香川県も編入した。しかし、第二次府県統合により、1875年(明治8年)9月5日に旧讃岐国部分が香川県として分立再置県、1876年(明治9年)8月21日に康午事変で敵対した淡路国部分が兵庫県に編入され、阿波国部分は高知県に編入された。しかし、結局1880年(明治13年)に旧名東県が高知県から分離されて現在の徳島県が発足。四国の各国はほぼ旧国の形のまま県へと移行した。 近世以降の沿革[編集] 「旧高旧領取調帳」の記載によると、明治初年時点では国内の全域が阿波徳島藩領であった。 明治4年 7月14日(1871年8月29日) - 廃藩置県により徳島県(第1次)の管轄となる。 11月15日(1871年12月26日) - 第1次府県統合により名東県の管轄となる。 明治9年(1876年)8月21日 - 第2次府県統合により高知県の管轄となる。 明治13年(1880年)3月2日 - 徳島県(第2次)の管轄となる。 国内の施設[編集] 国府[編集] 国府は名方郡にあり、現在の徳島市国府町と推定されるが、未だ遺跡は見つかっていない。 国府跡関連の発掘調査が現在までに30回以上実施されている。それらの結果から国衙関連の諸施設は、蛇行して流れる複数の川によって分断された微高地上に、分散的に所在していたらしいことが分かってきた。 古くは7世紀前半代に溯る可能性をもち、新しくは12世紀まで下る長い歴史をもつことが分かった。 国分寺・国分尼寺[編集] 阿波国分寺 国分寺は国府の南側に、国分尼寺は国府の西側に、それぞれ建立されている[2]。 神社[編集] 延喜式内社 『延喜式神名帳』には、大社3座3社・小社47座の計50座が記載されている。大社3社は以下に示すもので、全て名神大社である。 板野郡 大麻比古神社 (鳴門市) 麻殖郡 忌部神社 - 論社複数。明治時代に徳島市に遷座 名方郡 天石門別八倉比売神社 - 論社複数 総社・一宮 総社:国府八幡大明神宮 (徳島県徳島市国府町観音寺) - ただし明証はない 一宮 大麻比古神社 上一宮大粟神社 (名西郡神山町) 一宮神社 (徳島市一宮町) 八倉比売神社 (徳島市) 阿波国一宮を称する神社は複数ある。現在「阿波国一宮」と言った場合は大麻比古神社とすることが多いが、大麻比古神社が一宮とされるようになったのは中世以降のことである。古くから一宮とされていたのは上一宮大粟神社(名西郡神山町)であった。平安時代後期に、一宮大粟神社から国府の近くに分祀して一宮神社(徳島市一宮町)が創建された。上一宮大粟神社および一宮神社は式内名神大社の天石門別八倉比売神社の論社であるが、八倉比売神社(徳島市)も天石門別八倉比売神社の論社であり、こちらも一宮とされる。また、忌部神社は阿波国最高の社格を有していたこともあり、「四国一宮」を称している。 地域[編集] 郡[編集] 板野郡 松島、津屋(つのや)、高野、小島、井隈(ゐのくま)、田上、山下(やまのした)、金戸、新屋 阿波郡 高井、秋月、香美、拝師 美馬郡 發原(はつはら)、三吹(みすゐ)、大島、大村 三好郡 三縄、三津、三野 麻殖郡 呉島、忌部、川島、射立 名西郡(名方西) 埴土、高足(たかし)、土師(はし)、櫻間 名東郡(名方東) 名方(なかた)、新井(にひゐ)、賀茂、井上(ゐのへ)、八萬(はちま)、殖栗(ゑくり) 勝浦郡 篠原、託羅(たから)、新居(にひのゐ)、餘戸 那賀郡 山代、大野、島根、坂野、幡羅(はら)、和泉、和射 海部郡 江戸時代の藩[編集] 徳島藩、蜂須賀家(25.7万石) 阿波富田藩(徳島藩支藩、5万石) 人物[編集] 国司[編集] [icon] この節の加筆が望まれています。 阿波守[編集] 藤原真作 菅生王:天平宝字7年(763年)任官 藤原伊勢人:延暦15年(796年)任官 藤原文山:延暦17年(798年)任官 藤原真夏:大同2年(807年)任官 田口息維:大同3年(808年)任官 佐伯長継:弘仁4年(813年)任官 菅原清公:弘仁7年(816年)任官 小野峯守:弘仁11年(820年)任官 藤原浜主:天長4年(827年)任官 善道真貞:天長8年(831年)任官 和家仲世:承和5年(838年)任官 山名王:承和6年(839年)任官 長岑高名:承和9年(842年)任官 藤原良相:承和10年(843年)任官 源多:嘉祥3年(850年)任官 橘真直:仁寿元年(851年)任官 源多:仁寿2年(852年)任官 源勤:斉衡元年(854年)任官 藤原輔嗣:斉衡2年(855年)任官 茂世王:貞観3年(861年)任官 藤原基経:貞観7年(865年)任官 清原秋雄:貞観8年(866年)任官 源興:貞観11年(869年)任官 藤原安嶺:仁和元年(885年)任官 藤原弘蔭:仁和3年(887年)任官 高階成章:長久5年(1044年)任官 藤原親政 田口成良 坊門忠清:建久9年(1198年)任官 細川和氏:後醍醐天皇による任命 阿波介[編集] 山田古嗣 - 846年(承和13年)任官。 藤原有実 - 878年(元慶2年)任官。 守護[編集] 鎌倉幕府[編集] ?〜1200年 - 佐々木経高 1205年〜? - 佐々木経高 ?〜1221年 - 佐々木高重 1221年〜? - 小笠原長清 1223年〜? - 小笠原長経 ?〜1333年 - 小笠原氏 室町幕府[編集] 1339年〜1340年 - 細川和氏 1341年〜1352年 - 細川頼春 1352年〜1372年 - 細川頼之 1373年〜1379年 - 細川頼有 1379年〜? - 細川政氏 1381年〜1392年 - 細川頼之 1392年〜1402年 - 細川義之 1411年〜1430年 - 細川満久 1430年〜1449年 - 細川持常 1449年〜1478年 - 細川成之 1479年〜1488年 - 細川政之 1488年〜1494年 - 細川義春 1494年〜1512年 - 細川之持 1512年〜1553年 - 細川持隆 1553年〜? - 細川真之 戦国時代[編集] 戦国大名[編集] 三好氏:阿波守護代。三好長慶の最盛期には、畿内一円をも支配し、三好政権を樹立した。長慶の死後、織田信長との戦いで衰退し、本国阿波も長宗我部元親の侵攻を受けることとなった 長宗我部元親:1580年頃阿波を完全に平定(離島部を除く)するが、1585年豊臣秀吉に降伏し、土佐一国のみの領有を許される 豊臣政権の大名[編集] 蜂須賀家政:徳島17万3千石(徳島城)、1586年 - 1600年(関ヶ原の戦い後、所領安堵され、徳島藩初代藩主) 赤松則英:住吉1万石、1585年 - 1600年(関ヶ原の戦い後、自決) 武家官位としての阿波守[編集] 江戸時代以前[編集] 畠山時国:鎌倉時代の武将。源姓畠山氏第3代当主 畠山国清:南北朝時代から室町時代の武将、守護大名。和泉、紀伊守護を経て関東管領。伊豆守護家の祖 畠山義清:南北朝時代から室町時代の武将。畠山国清の子 畠山義忠:室町時代の守護大名。室町幕府相伴衆、能登守護 三好長治:戦国時代から安土桃山時代にかけての阿波国の大名 江戸時代[編集] 板倉家宗家 板倉重郷:宗家3代。下総関宿藩第2代藩主 板倉勝職:宗家12代。備中松山藩第6代藩主 板倉勝静:宗家13代。備中松山藩第7代藩主・老中首座 雅楽頭系酒井家宗家 酒井忠行:酒井家宗家3代。上野板鼻藩、同国厩橋藩(前橋藩)第3代藩主  酒井親本:宗家8代。上野前橋藩第8代藩主 酒井忠宜:宗家9代酒井忠恭の三男。早世 阿波徳島藩蜂須賀家 蜂須賀至鎮:初代藩主 蜂須賀忠英:第2代藩主 蜂須賀光隆:第3代藩主 蜂須賀綱通:第4代藩主 蜂須賀宗英:第7代藩主 蜂須賀宗鎮:第8代藩主 蜂須賀重喜:第10代藩主 蜂須賀治昭:第11代藩主 蜂須賀斉昌:第12代藩主 蜂須賀斉裕:第13代藩主 蜂須賀茂韶:第14代藩主。第11代東京府知事。第2代貴族院議長 その他 牧野忠寿:越後長岡藩主 松平忠周:丹波亀山藩主等・老中 阿波国の合戦[編集] 1572年:上桜城の戦い、三好長治軍(十河存保等7,000) x 篠原長房(1,500) 1582年:中富川の戦い、長宗我部元親(23,000) x 三好軍(十河存保等5,000) 1868年:阿波沖海戦、旧幕府海軍(榎本武揚:開陽丸) x 薩摩藩海軍(赤塚源六:春日丸、輸送船2隻) 脚注[編集] ^ その郡の名は麻殖となり、さらに阿波忌部を分け東国に率いて房総の開拓をし、このため現在の徳島県と、和歌山県、千葉県に共通する地名が多い。 ^ 北條芳隆「古代国家への胎動」 石躍胤央・北條芳隆・大石雅章・高橋啓・生駒佳也『徳島県の歴史』山川出版社 2007年 50-55ページ 参考文献[編集] 角川日本地名大辞典 36 徳島県 旧高旧領取調帳データベース 関連項目[編集] ウィキメディア・コモンズには、阿波国に関連するカテゴリがあります。 徳島県 阿波市 阿波座(大阪市西区) 令制国一覧 [表示] 表 話 編 歴 令制国の一覧 [表示] 表 話 編 歴 阿波国の郡 カテゴリ: 日本の旧国名南海道徳島県の歴史阿波国 案内メニュー ログインしていませんトーク投稿記録アカウント作成ログインページノート閲覧編集履歴表示検索 Wikipedia内を検索 表示 メインページ コミュニティ・ポータル 最近の出来事 新しいページ 最近の更新 おまかせ表示 練習用ページ アップロード (ウィキメディア・コモンズ) ヘルプ ヘルプ 井戸端 お知らせ バグの報告 寄付 ウィキペディアに関するお問い合わせ 印刷/書き出し ブックの新規作成 PDF 形式でダウンロード 印刷用バージョン 他のプロジェクト コモンズ ツール リンク元 関連ページの更新状況 ファイルをアップロード 特別ページ この版への固定リンク ページ情報 ウィキデータ項目 このページを引用 他言語版 Deutsch English Español Français Bahasa Indonesia 한국어 Português Русский 中文 他 12 リンクを編集 最終更新 2017年5月15日 (月) 05:06 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。 テキストはクリエイティブ・コモンズ 表示-継承ライセンスの下で利用可能です。追加の条件が適用される場合があります。詳細は利用規約を参照してください。 プライバシー・ポリシーウィキペディアについて免責事項開発者Cookieに関する声明モバイルビューWikimedia Foundation Powered by MediaWiki --------- ---------